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名古屋地方裁判所 昭和53年(行ク)16号 決定 1978年7月14日

申立人

崔正雄

右代理人

天野茂樹

外二名

被申立人

名古屋入国管理事務所

主任審査官

山本今朝幸

右指定代理人

岸本隆男

外四名

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一申立人の趣旨及び理由は別紙「執行停止決定申立書」記載のとおりであり、被申立人の意見は別紙「意見書」記載のとおりである。

二よつて検討するに、本件資料によれば、次の事実が疎明される。

1  申立人は、昭和二三年一〇月二三日山口県厚狭郡船木町において朝鮮人父崔完得、同母朴福順の三男として出生し、慶尚北道慶州郡西面阿火里に本籍を有し、外国人登録法上は国籍を「朝鮮」として登録している外国人であるが、出生後家族と共に北海道、兵庫県姫路市等を転住した後、昭和二八年に愛知県豊田市(当時は挙母市)に移住した。

2  申立人は、豊田市挙母小学校、同市立崇化館中学校、愛知県立豊田西高等学校を卒業し、予備校を経て、昭和四三年四月明治大学政治経済学部経済科に入学、昭和四七年三月同学部同学科を卒業した。

申立人は、さらに国際政治学を研究して大学の講師になりたいと考え、政治学研究の進んだ英国のロンドン大学に留学する決意を固めた。

ところが、申立人は、朝鮮籍のままでは日本国への再入国許可を得て出国することが困難であると聞いていたので、大学の学友である日本人熊谷雄二に依頼して同人の戸籍謄本を借用し、同人名義で出入国することを企てた。

3  そして、申立人は、(一)昭和四七年一月三一日埼玉県庁旅券渉外課において熊谷雄二を詐称して虚偽の旅券再発給申請をなし、よつて同月一七日同人名義の一般旅券の交付を受け、同年三月二日羽田空港から出国するに際し、右旅券を提示して不正行使し、(二)昭和四九年九月一六日有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく、横浜港より本邦に不法入国し、(三)昭和五〇年一二月二二日有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく、羽田空港より本邦に不法入国し、(四)昭和五一年一二月二〇日在ロンドン日本総領事館において熊谷雄二を詐称して虚偽の旅券発給申請をなし、よつて昭和五二年一月四日同人名義の一般旅券の交付を受け、同年九月一三日羽田空港から入国するに際し、右旅券を恰も真正な旅券の如く提示して不正行使し、(五)同月一三日、有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく、右空港より本邦に不法入国した。

4  申立人は、前記不法出入国していた間は、英国のロンドン市内に滞在し、ホテルのウエイター、ポーター、会計係等として働くかたわら、英語学校等で英語を学んだが、昭和四七年暮ころから同市内においてスイス女性と同居し、昭和五一年一〇月ロンドン大学法学部国際関係学科修士課程に入学した。

5  申立人は、前記のとおり、昭和五二年九月一三日日本国に入国したところ、まもなく旅券法及び出入国管理令違反の容疑で逮捕され、名古屋地方裁判所岡崎支部に前記3記載の各事実で起訴され、審理の結果、昭和五三年二月二四日、懲役二年六月、執行猶予三年の判決言渡を受け、右判決は同年三月一一日に確定した。

6  他方、申立人は、昭和五二年一〇月一九日、名古屋入国管理事務所主任審査官の発した収容令書により違反調査のため同所に収容され、同月二一日同所入国審査官から前記3の(五)に記載の不法入国の事実により申立人が出入国管理令二四条一号に該当する旨の認定を受け、翌二二日仮放免された。

申立人は、右認定に対し、即日、同所特別審理官に口頭審理を請求したが、同年一一月一日、右認定に誤りが無いとの判定を受け、同日、法務大臣に対し右判定に対する異議申立をした。この申立に対し、法務大臣は昭和五三年三月三一日付をもつて異議の申立は理由がない旨の裁決をなし、その旨を名古屋入国管理事務所主任審査官(被申立人)に通知した。そこで、被申立人は同年四月一〇日申立人に対し法務大臣の右裁決の結果を告知するとともに、同日出入国管理令五一条の規定による退去強制令書を発付した(以下これを「本件令書発付処分」という。)。

名古屋入国管理事務所入国警備官は、同年四月一〇日本件令書を執行して申立人を同所に収容し、同月一三日大村入国者収容所に護送して、申立人は現在同所に収容中である。

7  申立人の母(父は昭和四二年死亡)及び兄姉妹(いずれも日本生まれの在日朝鮮人)は全て豊田市を中心として日本国内にその生活の本拠を有している。

8  申立人は、ロンドン留学の経験と英語の語学力を生かして英語学校の経営を計画し、「豊田外語学院」の名称で、本年四月開校をめざし、豊田市内に学校用の建物を賃借し、生徒を募り、教材用テキストの購入等の準備を進めてきたが、本件退去強制令書の執行により右開設計画は挫折した状態にある。

三ところで、本件申立に係る本案の訴えは、本件令書発付処分が違法であるとしてその取消を求めるものである。申立人がその違法事由として主張するところは、まず、法務大臣が前記裁決において申立人に対し出入国管理令五〇条一項三号に基づく特別在留許可を与えなかつたのは、著しく正義にもとり、人道に反する苛酷な措置であつて、裁量の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用した違法な処分であるから、これに基づく本件令書発付処分もまた違法である、というのである。しかしながら、出入国管理令五〇条に定める特別在留許可は、現在の国際社会に複数の主権国家が並立しており、特別の条約が存しない限り、各国はその主権に基づいて外国人の入国及び在留の許否を自由に決定することができるとする国際慣習法上の原則を基礎とする法務大臣の広範な自由裁量に属する措置であり(最高裁昭和三四、一一、一〇判決、民集一三巻一二号一四九三頁参照)、しかも、前記認定のように、度重なる旅券の不正受給をなし、前後三回にも亘る不法入国をくり返して、申立人は計画的な意図により出入国管理法令を軽視蹂躙するに至つているのであるから、前記認定の如き申立人の個人的諸事情を考慮に入れても、法務大臣の前記裁決が著しく正義にもとるとか、人道に反するとすることはできないのであつて、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものというのは当らない。

申立人は、昭和五一年における出入国管理令による法務大臣の裁決事件においては約七四パーセントの者が特別在留許可を与えられていると指摘するが、この許可が前記のように広範な自由裁量に属する措置であることからすれば、そのような事実によつて本件における右の結論が左右されるとは認められない。また、申立人は、朝鮮籍の者と韓国籍の者との間に出入国につき差別的取扱いがなされていると主張するが、これは裁量において斟酌さるべき国の外交政策に関連する事項であるとともに、疎明によれば、朝鮮籍の者にも出入国の方法が全く認められていない訳ではないから、このことをもつて、前記裁決が違法であるとするのは当らない。

更に、申立人は、本件退去強制令書には送還先として「朝鮮」と表示されているが、「朝鮮」なる国号をもつ国家は存在しないから、本件令書発付処分は執行不能であり、その点に重大な瑕疵がある、と主張するが、疎明によれば、右「朝鮮」なる記載は、承認国である韓国及び韓国政府の有効な支配管轄権が現実に及んでいない朝鮮半島のその余の地域との全体を意味し、被退去強制者が韓国への送還を希望するときは韓国に、また、韓国政府の有効な支配管轄権が現実に及んでいない朝鮮半島のその余の地域への送還を希望するときはその地域に送還し、被退去強制者が右選択権を行使しないときはいずれの地域にでも送還し得るものとされているのであるから、本件令書発付処分の執行が不能であるということはできない。申立人の主張はいずれも理由がない。<以下、省略>

(藤井俊彦 浜崎浩一 山川悦男)

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